山極 一歩(YAMAGIMI Ippo, 1924-2015)

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プロフィール

山極一歩は、日本の文化人類学者であり、東南アジアの周縁信仰や呪術的実践の研究で知られる。また、フィールドワークを通じて伝統医療や自然資源の利用にも関心を持ち、バイオプロスペクティング(生物資源探索)にも一定の成果を残した。

1924年、京都府に生まれ、東京帝国大学(後の東京大学)文学部に進学。戦中・戦後の混乱を経て文化人類学を専攻し、1950年代より東南アジア各地でフィールドワークを開始。特にフィリピン、ボルネオ島、ラオスなどを中心に、信仰体系と呪術の関係性を探究した。

1970年代からは、現地の伝統医療やシャーマニズムに関する知識が科学的にどのような意味を持つのかにも関心を向け、薬学者・生物学者・分子生化学者と協力しながら植物資源や菌類の調査を行った。文化人類学の枠を超え、伝統知識と科学の接点を探る研究スタイルは、後の民族植物学や医薬品開発研究に影響を与えた。

晩年はフィールド調査からは退き、著作活動と後進の指導に専念。2015年、91歳で逝去。


主要著書

  • 『呪術とシャーマニズム ― 東南アジアの霊的実践と宗教的世界観』(1985年)
  • 東南アジア各地の呪術・シャーマニズムを比較し、霊的実践の変遷や社会的役割について考察。シャーマンと薬草利用の関係にも言及し、伝統医学との接点を論じた。
  • 『水と霊性 ― メコン川流域の聖なる流れ』(1992年)
  • ラオスやタイ、カンボジアのメコン川流域における水信仰を分析。水源を霊的存在と見なす伝統や、それに伴う呪術的実践がどのように社会秩序を支えてきたのかを探る。

バイオプロスペクターとしての主な成果

文化人類学的視点から伝統医療を調査する過程で、いくつかの重要な発見をした。山極自身は医薬品開発に直接関与したわけではないが、彼のフィールドワークは後の研究に貢献した。

1. 「聖なる塩」の記録(1972年, ラオス・メコン川流域)

メコン川流域の村では、川岸に湧き出る地下水が干上がることでできる特定の塩を「聖なる塩」として利用していた。この塩は儀式だけでなく、皮膚病治療にも用いられ、調査の結果、硫黄とミネラルを豊富に含んでいることが判明した。後に、この塩を原料とした伝統的な治療法が現代のスパ産業で注目を集めることとなる。

2. ダヤク族の「魂の花」に関する研究(1982年, ボルネオ島)

ボルネオ島のダヤク族が精神安定剤として使用する「魂の花(Bunga Roh)」の民族誌的調査を実施。後にアルカロイド成分の一部が鎮静作用を持つ可能性が指摘され、医薬品研究の参考資料となった。

3. 呪術的実践における菌類の利用(1990年, フィリピン・ミンダナオ島)

フィリピン南部で、呪術師が悪霊払いに使用する黒色菌類の存在を記録。微生物学者との共同調査の結果、抗酸化作用を持つポリフェノールを生成する菌であることが判明し、抗老化研究に応用された。


研究スタイルと評価

山極の研究は、フィールドワークと理論的考察を重視し、民族宗教・呪術研究における「周縁からの視点」を確立した。また、文化人類学の知見を生物資源研究と結びつけた点も特筆すべきであり、後の民族植物学や薬学研究に影響を与えた。

ただし、バイオプロスペクティングに関しては、自ら医薬品開発に携わることはなく、記録や民族誌研究の範囲に留まっている。それでも、彼の発見は後の研究の礎となり、文化人類学の枠を超えた学際的アプローチの先駆けと評価されている。













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