事件記録(谷口忠雄)

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谷口忠雄(たにぐち・ただお)

無職。事件当時37歳。埼玉県川越市出身。

谷口忠雄は1981年、埼玉県川越市に生まれた。父は地元の個人タクシー運転手、母はスーパーマーケットでパート勤務をしていた。家庭は経済的に困窮していたうえ、父親からの暴力が日常的にあったとされる。近隣住民の証言によれば、谷口が小学生のころ、玄関先で父に怒鳴られる声や物が壊れる音が頻繁に聞こえていたという。

学校では物静かで目立たない存在だったが、心を開く友人はほとんどいなかった。教員の記録には「感情の起伏が少なく、反応が薄い」とあり、早くから対人関係に困難を抱えていたことがうかがえる。中学校では不登校がちになり、登校しても居眠りや無言のまま過ごすことが多かった。

高校に進学するも、1年の冬に中退。以降はアルバイトを転々としたが、長続きせず、20代半ばには窃盗や暴行で複数回の逮捕歴がついた。刑務所での生活に「落ち着く」「規則があって楽だった」と語っていたという。

30代に入ってからは、ネットカフェや簡易宿泊所を転々とし、定職に就くことも、行政の支援を受けることもなかった。所持金が尽きれば競馬場やパチンコ店をうろつき、紹介された日雇いの仕事も断るなど、社会との接点を自ら断っていた。

2018年12月23日午後、新宿区沈丁花町にある大学教授宅に侵入。在宅していた教授の妻・幸代さん(61)と長女・恵子さん(30)を刃物で刺し殺害。現場には逃走せず留まり、駆けつけたホームセキュリティ会社の警備員に取り押さえられた。

取り調べに対し谷口は、「働きたくなかった」「刑務所に戻りたかった」「偉い家の人を殺せば罪が重くなると思った」と供述。また「刑務所で『二人までなら死刑にならない』と聞いた」と話し、安易で短絡的な動機が明らかになった。

東京地検は、精神鑑定のため谷口の鑑定留置を請求。複数の精神科医による鑑定が行われたが、責任能力は「限定的ながら有していた」と判断された。

2021年3月、東京地裁は谷口被告に対し、死刑判決を言い渡した。裁判長は「社会への著しい挑戦であり、遺族の無念に思いを致せば、極刑をもって臨むほかない」と述べた。

しかし、2022年12月、東京高裁は控訴審で一審判決を破棄。谷口被告に無期懲役を言い渡した。判決理由では「被告の生育環境と精神的障害が犯行に一定の影響を与えたことは否定できない」とされ、責任能力の評価が量刑判断に影響した形となった。

判決理由を聞く谷口被告













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