《調査記録》2020年 (茂木賢治朗)
1. 経緯と渡航の決定
2020年6月初旬、所属大学(当時休職中)の研究室宛に差出人不明の封書が届いた。封筒は厚手の手漉き紙を使用しており、内容は以下の一文のみ。
「助けて欲しい」
――ミズシマ
文中の「ミズシマ」は、1975年のペニダ島におけるフィールド調査において、我々調査班(山極一歩教授・茂木賢治朗)が接触したランガ族宗教指導者(アチャリヤ)と一致する。彼の正体は、戦後ペニダ島に残留したとされる旧日本人兵士であり、以降ランガ族の教義を体現する人物として現地社会に定着していた。以降45年にわたり接触はなかったが、記録の公開は避け、内部保存のみに留めていた。
封書を受け取り、私は現地への再訪を決意。個人的経費にて航空券を手配し、バリへ渡航した。
2. ペニダ島の現況と文化的変化
2020年7月初旬、デンパサール経由でペニダ島へ入島。1975年当時との比較において、以下の変化を確認した。
- ペニダ島へのアクセスは高速船により大幅に短縮(当時:木船約45分 → 現在:高速艇約30分)
- 港湾施設は全面コンクリート化。観光向け案内板、送迎用ミニバス、Wi-Fi対応カフェ等が並ぶ。
- 道路舗装率は7割以上。スマートフォンの普及率も高く、島民の生活様式は都市型へと大きく変化。
目的地であるスカマデ村も例外ではなかった。
- 旧来の高床式住居はすでに見られず、ブロック造住居・簡易商店が多数建設。
- 村民の多くはインドネシア語および簡単な英語を話し、伝統衣装の着用率はほぼゼロ。
- 村の若年層(10代〜30代)は観光業・インフルエンサー活動等への関心が高いと推察される。
私の再訪に対して村人の多くは無関心だったが、1975年当時に協力を得た一部の長老層は私を記憶しており、再訪の動機を静かに受け入れてくれた。
3. 洞窟(アムリタ・スリンガ)へのアクセス困難
本調査の核心である、ランガ族の宗教拠点「アムリタ・スリンガ(聖域洞窟)」への到達を試みたが、以下の情報が得られた。
「2020年4月の豪雨により土砂崩れが発生し、山道は全面閉鎖中。立ち入り禁止。」
島南部の開発による森林伐採と地盤の脆弱化が要因と考えられ、また復旧計画も立っていないとのこと。
調査継続が困難となりかけたその時、村の裏手に立つ一人の少年が私に接触。年齢は10歳前後、外見は現地民だが、衣服はランガ族の伝統的な腰布を着用していた。
少年は日本語で、私の名前を明確に発音した。
「ケンジロウ、でしょ?……ずっと、待ってたよ。」
私の氏名は外部に公開されていない。おそらく何らかの内部伝承または指示によってこの少年が私を迎えに来たものと推定される。
少年に案内され、村の海岸線にある岩場へ移動。そこに隠された抜け道(海沿いの天然洞窟)を通過することで、旧来とは異なる経路からアムリタ・スリンガ内部への接近に成功した。
4. アムリタ・スリンガ内部の現況確認
天然の海側ルートを通じて、聖域であるアムリタ・スリンガ洞窟内部への再訪に成功した。内部構造に関しては、以下の点が1975年時とほぼ変わっていなかった。
- 洞窟内は常に湿度が高く、風の通り道が形成されている。
- 岩壁の彫刻(宗教的モチーフ)および祭壇と思われる石組み構造に崩落や風化の兆候はほとんど見られない。
- 洞窟最奥に存在する「輪廻の湖(ティルタ・ムクティ)」の水質に、1975年当時と比較して濁りおよび藻類の繁殖が認められた。
特に輪廻の湖については、かつて水面が透明かつ神聖視されていたが、現在は淡い濁りが常態化。湖岸の一部では赤土の流入が確認され、地形的変化が推測される。
5. ミズシマとの再会と観察事項
洞窟最奥部にて、1975年当時と同一人物とされるミズシマと再会。観察上、以下の特徴が確認された。
- 顔貌・体格ともに変化がほとんど見られず、年齢的退行・老化の兆候が極端に少ない。
- 声質・口調も記憶と同一であり、本人である可能性が極めて高い。
- 片手の欠損(左手首より先)は維持されており、以前と同様に黒ノニの塗布処置跡が見られる。
当方の名を認識し、自発的に以下の言葉で挨拶を受けた。
「……よく、来てくれた。」
対面直後、彼は私を洞窟内の一角へ案内。かつて山極一歩氏と私が座した石の前に腰を下ろし、口頭にて現状の報告を開始した。
6. ミズシマによる現況証言(要約)
以下、ミズシマからの発言を要点として記録する。
- ペニダ島南部の開発(観光道路建設、森林伐採等)により、聖域としての環境が著しく損なわれた。
- 森林の喪失に伴い、雨季の降水量が増加し、土砂災害が頻発。複数の信徒が犠牲となった。
- 神聖視されていた輪廻の湖にも汚水が流入し、水質の悪化が進行。
- 神孵の実(黒ノニ)の収穫量は著しく減少。果実の色素も退化。
ミズシマは、自らの無力を認めた上で次のように述べた。
「このままでは、教えも、実も、我々もすべて滅びる。 私たちの手では、もうどうにもできないところまで来てしまった。」
続けて、彼はかつての記録保持者として私に向き直り、要請を行った。
「茂木……君たちの力を貸してほしい。」
7. 提案の提示
私は状況と要請を受け、現時点における自分の立場と能力を踏まえた上で、一つの提案を行った。
(提案内容は秘匿資料「Project-KARA」参照 ※秘匿資料は最高権限者のみが閲覧可能)
