説明資料

■ 地理的背景
ペニダ島(Nusa Penida)は、バリ島南東沖に位置する島で、レンボンガン島やチュニンガン島とともにクルンクン県に属する。バリ・ヒンドゥー教徒が多く住むバリ島と比較して、ペニダ島は宗教的・神話的に特異な位置づけをされてきた。
■ 古代〜中世:神話と呪術の島
- 古代バリ王朝の時代、ペニダ島は悪霊や魔術師が住む「不浄の島」として恐れられた。
- 特にバリ・ヒンドゥー教の世界観では、宇宙の調和のために善と悪の均衡が必要とされ、ペニダ島は「悪」を象徴する島とされた。
- 島内には悪霊鎮魂のための寺院が複数建立され、今日でもバリ本島から多くの信者が訪れる巡礼地となっている。
■ ペニダ王国と流刑地としての歴史(~19世紀)
- 独自の支配者によるペニダ王国が存在し、時にバリ島の諸王国と敵対。
- ペニダ島は、バリ本島の支配者が政治犯や魔術師を流す流刑地としても使用されていた。
- この流刑地としての歴史が、島の「呪術の地」「魔の島」というイメージをさらに強固なものとした。
■ オランダ植民地時代(19世紀末〜1942年)
- 19世紀後半、バリ島全域とともにペニダ島もオランダの支配下に入る。
- 植民地政府はバリ本島のクルンクン王国と連携し、島の伝統的な信仰や統治をある程度温存した。
- この時期、島の経済的発展は限定的だったが、宗教文化は比較的自由に継続された。
■ 日本占領期(1942年〜1945年)
- 第二次世界大戦中の1942年、日本軍がオランダ領東インドに進攻し、バリ島・ペニダ島を含む地域を占領。
- ペニダ島にも形式上、日本の軍政が敷かれたが、島の地理的隔絶性や戦略的重要性の低さから、軍の駐屯や直接統治は限定的であった。
- 伝統的な信仰や寺院儀礼は、占領中も存続されていた。
■ 独立後のインドネシア(1945年〜現在)
- 日本の敗戦後、1945年にインドネシアは独立を宣言。ペニダ島もバリ州の一部としてインドネシア共和国に編入。
- 近年まで観光開発が遅れていたが、2010年代以降、観光地として急速に脚光を浴びる。
- それでもなお、伝統的な宗教行事や神話の語りは島の文化の中核にあり、現代のペニダ島にも神秘的な雰囲気が色濃く残っている。
補足:信仰との関係
- 歴史を通じて、ペニダ島は「悪霊の島」「呪術の島」という特殊なイメージを持たれ、宗教的な浄化や鎮魂の地と見なされてきました。
- これは単なる神話ではなく、歴史的な流刑地としての機能や王権と呪術の結びつきが背景にあります。
宗教的背景と寺院
ペニダ島は、バリ・ヒンドゥー教の信仰において特別な位置を占めています。バリ・ヒンドゥー教では、宇宙の調和を保つために善と悪のバランスが重要視されており、ペニダ島は悪の象徴とされる魔物の住む場所と考えられています。このため、島内には悪霊を鎮めるための寺院が点在しています。
- ダラム・ペッド寺院:魔除けの神が祀られており、バリ島を自然災害から守る役割を持つと信じられています。
- ギリ・プトゥリ寺院:巨大な洞窟内に位置し、神秘的な雰囲気を持つ寺院です。
- パルアン寺院:本殿が車の形をしているユニークな寺院で、独特の建築様式が特徴です。
神話と伝説
ペニダ島には、黒魔術や妖怪に関する伝説が数多く存在します。かつて、ペニダ王国は黒魔術師や妖怪の力を借りて国を守ったとされ、そのため島は「魔物の住む島」として知られるようになりました。
また、ペニダ島はナーガラージャの1柱が潜りこみ隆起させできた島という伝説があります。
