記憶用資料
- 調査目的
本報告書は、太平洋戦争(大東亜戦争)終結後、バリ島において日本軍撤退後のオランダ軍再進駐の経緯を明らかにすることを目的とする。 - 背景
第二次世界大戦中、バリ島は日本軍の占領下に置かれていたが、1945年8月15日の日本の降伏により、現地の軍政は終焉を迎えた。その後、インドネシアでは独立運動が活発化し、オランダ軍との武力衝突が発生した。本報告書では、バリ島におけるオランダ軍の再進駐に関する一連の出来事を時系列に沿って整理する。 - 時系列経緯
日付出来事
1945年8月15日日本がポツダム宣言を受諾し、連合国に降伏。バリ島の日本軍も降伏。
1945年8月17日インドネシアの指導者スカルノおよびハッタがインドネシア独立を宣言。
1945年8月22日インドネシア独立派による軍事組織「国民安全保障機関(BKR)」が設立される。バリ島の元PETA(義勇軍)兵士や兵補が参加。
1946年3月2日連合国軍の一部としてオランダ軍がバリ島に再進駐し、行政権を掌握。
1946年3月~11月オランダ軍とインドネシア独立派の間で散発的な衝突が発生。
1946年11月20日バリ島北部のマルガラナ村において、独立派部隊とオランダ軍の間で戦闘が発生(ププタン・マルガラナ)。独立派戦士85名と、元日本兵5名が戦死、うち数名が消息不明。
1949年12月27日オランダがインドネシアの主権を正式に移譲。バリ島もインドネシア共和国の一部として統合される。 - 考察
バリ島におけるオランダ軍の再進駐は、インドネシア独立戦争(1945年~1949年)の一環として行われた。日本軍降伏後、現地の独立運動が加速し、オランダ軍の介入と武力衝突が発生した。バリ島では「ププタン・マルガラナ」と呼ばれる戦闘を経て、独立派の抵抗が続き、最終的にインドネシア共和国としての統合が実現した。
また、独立派には元日本兵が参加し、オランダ軍との戦闘に加わっていたことが確認される。これは、日本軍撤退後に一部の日本兵がインドネシア独立派に協力した事例の一つとして注目に値する。
- 結論
バリ島におけるオランダ軍の再進駐は、戦後の東南アジア情勢の大きな転換点の一つであった。インドネシア独立戦争の過程で、バリ島ではオランダ軍と独立派の間で戦闘が行われ、多くの犠牲を伴ったが、最終的にはインドネシアの主権確立に至った。
バリ島の事例は、戦後アジアにおける植民地支配からの脱却と独立運動の象徴的な出来事の一つであり、歴史的に重要な意味を持つ。
- 参考資料
Jiia.or.jp: インドネシアの独立運動とオランダ軍の再進駐
Sul-mag.sulut.asia: バリ島の戦後史
その他、関連する歴史資料
