記憶用資料
1975年7月20日 – 禁忌の教えと語らい
日本の記憶、そして語らいの時間
この夜、焚火の火が小さくなりかけた頃、ミズシマはぽつりと漏らした。
「名古屋の街並みを、まだ覚えているよ。あの頃は、なぜかずっと急いでいた気がする。」
それがきっかけで、名古屋出身の研究生とミズシマの間で、長く深い語らいが始まった。戦後の復興、都市化の加速、人々の価値観の変化――彼らはまるで遠い親戚同士が再会したように、日本の過去と今を言葉にしていった。
私はその会話を聞きながら、この男が「なぜこの地に残ったのか」を少しずつ理解していく気がした。
「ここでは魂が見えるんだよ。人の目を通してね。都会では、目が魂を隠してしまう。」
ミズシマの言葉は印象的だった。
神孵の実(黒ノニ)を
会話の流れの中で、私は改めて尋ねた。
「この神孵の実――黒いノニは、外界でも薬理的に価値があるはずだ。研究のために、少量でも持ち帰る許可をいただけないか?」
ミズシマは、しばらく沈黙したまま湖を見つめていた。そして、ゆっくり首を横に振った。
「それはできない。これは、ただの果実ではない。魂と神の契約そのものなんだ。信仰の一部を外に持ち出せば、魂も外れてしまう。」
私にはその言葉の真意を完全に理解することはできなかったが、それが彼らの“結界”・宗教的境界線であることだけは、はっきりと伝わった。
帰国の提案と、決別の覚悟
別れが近づいたその朝、私はミズシマに切り出した。
「君が望むなら、我々は日本への帰還を支援することができる。新しい医療の場でも、宗教研究の場でも、君のような人物は必要とされている。」
彼は穏やかな微笑を浮かべたが、その目は変わらなかった。
「ありがとう。でも、私はもう輪廻の流れの中にいる。帰る場所はここしかない。」
私はポケットから一枚の紙を取り出し、彼にそっと手渡した。それは、私と研究生の連絡先だった。
「万が一、困ったことがあったら――遠慮なく連絡してほしい。」
彼はそれを丁寧に受け取り、深く一礼した。
決意――
私と研究生たちは、この旅で得た知識の重みを深く理解していた。
黒ノニの効能、浄化の儀式、魂の再配分、そしてミズシマという存在。
これらの事実を科学的に分析・公開すれば、確かに世界的な注目を集めるかもしれない。だが同時に、それはランガ族という文化を破壊する引き金にもなりうる。
ましてや、宗教の中枢である「神孵の実」が商品として切り取られるような事態になれば、ペニダ島の密林は資本主義の波に呑み込まれ、信仰の地は変わってしまうだろう。
「この調査の一部、特に神孵の実に関する記録は、公にせず、我々の間の秘密とする。」
それが、この密林と、そこに生きる人々に対する私たちの最低限の誠意であると信じている。
1975年:バリ、ペニダ島フィールドワーク記録:山極一歩
