記憶用資料
1975年7月18日 – 洞窟内の神聖な領域
「輪廻の湖」と呼ばれる地下湖に足を踏み入れた瞬間、その神秘的な雰囲気に圧倒された。静寂が支配するこの場所は、まるで時間が止まったかのような感覚をもたらした。湖の水は驚くほど透明で、湖底の岩肌まで見通せる。
周囲には、これまで見たことのない種類の植物が群生していた。特に目を引いたのは、黒い大きなノニだった。一般的なノニの果実は淡い黄緑色をしているが、ここにあるものは不自然なまでに黒く、果実の表面には不思議な光沢があった。

我々がノニの葉や果実を採取しようとすると、同行していたランガ族の男性がそれを制した。
「ここに生きる植物は、神聖なものだ。外部の者が持ち帰ることは許されない。」
慎重にスケッチを取ることは認められたが、採取は厳しく禁じられていた。この黒いノニには、村の伝統医療とも異なる何か特別な意味があるのだろう。
湖の周囲の苔むした岩壁には、古い彫刻が刻まれており、それらの壁画は宗教的なモチーフを描いていた。ヒンドゥー教の神々の姿が見られる一方で、一般的なバリ・ヒンドゥーの寺院では見られない、より秘教的な意匠が施されている。

ミズシマとの対面
洞窟の奥へ進むと、一人の男が静かに座していた。彼は白い衣をまとい、落ち着いた瞳で私たちを見つめていた。
彼こそが、ランガ族のアチャリヤ(指導者)である「ミズシマ」だった。
「よく来たな、同胞の者よ。」
彼の口から発せられたのは、流暢な日本語だった。
しかし、私は思わず彼の顔を見つめてしまった。事前の情報では、この寺院には大東亜戦争の終結後にこの島に留まった日本人がいると聞いていた。戦争が終わったのは30年前。仮に彼が当時の日本兵だったとすれば、最低でも60歳以上のはずだ。
だが、目の前のミズシマは少なくとも30代前半にしか見えなかった。
精悍な顔つき、張りのある肌、引き締まった身体――傷跡は多いが、とても年月を重ねた人物には見えない。
一瞬、言葉を失った。もしかすると、別人なのではないかとも思った。しかし、彼の目には、どこか歴史を知る者の深みがあった。
「あなたは……ずっとここで暮らしているのですか?」
私が問うと、彼は微笑を浮かべ、静かに頷いた。
「我々はこの地で、ある教えを守り続けている。外の世界とは異なる理の中でな。」
私はその言葉の意味を測りかねたが、それ以上追及するのは憚られた。
ムクティ・カヤという教え
ミズシマは、湖の水を手にすくいながら言った。
「ここで生まれ変わる者は、新たな道を歩む。我々はそれを『ムクティ・カヤ』と呼んでいる。」
ムクティ・カヤ――この言葉には、特別な意味が込められているようだった。
